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過去のお話

カテゴリー: 過去の話・体験談

ネタが無い時の取り繕いではないですが。
偶にはシリアスな過去話しでも。


今日は私の父親のこと。
既に他界して今年で11年になりますか。
原因は「食道癌」。当時珍しいから今後の医学の為に解剖させてくれ、と病院から頼まれました。
元々障害者だった父親。(下肢障害者でした。片方の足の膝が曲がらないの。だからびっこひいて歩くんです)
福祉の方に助力していた為、父なら絶対怒らないだろう、と思い解剖を了解しました。
これからの医療に役立ててくれればと。

そんな父親。
元々井戸掘りを生業とする家の末っ子です。7人兄弟だったかな。
割と代々続く名家だったらしく、家系図も本家にあります。
お正月にはお爺ちゃんの所に職人さんが「おめでとうございます!」と挨拶に来て、その度に金一封を「ご苦労」と言って渡していたほどだったそうで。(今で言うボーナスですね)
お陰で甘やかされて育ったようで、近所のガキ大将あーんど頑固者。
特に両親(私から見てお爺ちゃんとお婆ちゃん)が小学生の時に亡くなってしまってからは、兄嫁に可愛がってもらっていたようです。
その所為なのかどうかは判りませんが、自分が絶対、という性格でした。
しかし二十歳過ぎてから病気で下肢障害者になってしまいました。
まぁ、それで特にぐれる事は無く、母と見合いで結婚して生まれたのが私独り。
どうやら男の子が欲しかったようで、小さい頃は野球をとことん教え込まれました。
休みの日はキャッチボールは元より、小学校に入ったら町内会のクラブに入らされ。
店を持っていた為その組合でやっていたソフトボールクラブにもつき合わされ。(父はコーチしてました)
お陰で気付いたらドラキチで野球大好き少女になってました。その頃は女は野球の世界なんかには入れなかったので(今はいいなぁ)、父にとっては悔しかったでしょうね。
父曰く、まだ病気になる前のエピソードで、あの金やんと少しでもキャッチボールをしたとかしないとか。
本とかなぁ。


ここまでの話だと、すっごくほのぼの(?)した親子だと思われるでしょうが。


転機は小学高学年からでしょうか。
私がとあるきっかけで父を信じる事が出来なくなり、毎日の喧嘩三昧が始まったのでした。


さて、その続きはまた今度書きますね。
や、父の話は長くなるのよ。結構ね。
またネタが無くなった時に続きいきたいと思います。
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